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Chapter 1

メティエダール グレ ートウェーブ

海 の 力 強 さ が 生 き 生 きと 表 現 さ れ た ダ イ ヤ ル

このチャプターの著者

ジェフリー・S・キングストン

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ジェフリー・S・キングストン
メティエダール グレ ートウェーブ
メティエダール グレ ートウェーブ
Issue 17 Chapter 1

ブランパンのメティエダールから 生まれた新作タイムピースは、 北斎の浮世絵を代表する波を 描いた作品のイメージから インスピレーションを得ている。

アーティストにとって、極小サイズのタイムピースのダ イヤル装飾以上に挑戦しがいのある作品があるだろ うか。もっとも、多くのモダニストが、従来の大きなサ イズの絵画や彫刻の枠組みから脱却し、1つの部屋 全体の装飾を指揮することで自己を表現している。 クリストにとってのミディアムサイズは、パリのポン・ヌ フの全長を梱包した作品や、カリフォルニアの田園 地帯に何マイルにもわたって制作された作品「ラン ニング・フェンス」に示される。当然のことだが、時計 のダイヤルやムーブメント部品にアートを表現する場 合、自由に使える空間が全く異なる。大きさや装飾で きる範囲が極めて小さく、限られた構造だからだ。ブ ランパンのメティエダールのアトリエでは、職人たち が作業の規模の大小にかかわらず、その技術やモ チーフの創作に限界を超えて取り組んでいる。1860 年からブランパン家が所有し、現在はメティエダール のアトリエと複雑時計の工房が設けられているル・ブ ラッシュのファームハウスにある作業台。そこでは、 芸術的なエングレービングや多彩な用法をもつエナ メルペインティング(ミニアチュールペインティング、ク ロワゾネ、シャンルヴェエナメル)、ダマスキネ技法、 赤銅(しゃくどう)など職人技術によるあらゆる装飾 や仕上げが生み出されている。

最 新 作の「グレートウェーブ」は、1830年に北斎が 制 作した 木 版 画『 神 奈 川 沖 浪 裏 』からインスピ レーションを得た作 品で、おそらく日本の芸 術 作 品 の中でも、この力 強い波を表 現した木 版 画ほど象 徴 的なイメージは存 在しないだろう。「 70歳までに 描いたものは、実に『 取るに足らぬ 』ものば かりで ある。」と北 斎 が 残した言 葉は有 名だが 、北 斎に とって、生き物 や 草 木 の「 生まれと造り」を知るま でに、それだけの 長 い 時 間 が か かったのだろう。 彼 が自ら打ち立 てた目標 によると、100歳に至っ てようやく「 正に神 妙 の 域に達 するであろうか 。」 と考えていたのだ !  にもかかわらず、北 斎のライフ ワーク、特に100歳よりかなり前に制作されたとはいえ、 この波を描いた作品に大勢の人々が驚嘆したので ある。『神奈川沖浪裏』に表現されているような、海の 猛威と激しさを力強く伝えた芸術作品は稀だ。オリジ ナルの版木から刷られたこの5,000枚の木版画は現 在、貴重な作品として人々の憧れの的となっており、こ の画風に倣った多くの派生的な作品にインスピレー ションを与えてきた。フランス人の作家で美術評論家で もあったエドモン・ド・ゴンクールは、次のような見解を 述べている。 「この波の描画は、画家による海の神格化といえる。 この作者は、自分の国全体を取り囲む巨大な海に対 して、宗教的な畏怖を抱いて生きていたのだ。そし て、突然荒れ狂い、空に向かって波を跳ね上げる海 に強い印象を受けたのだろう…」

 

メティエダール グレ ートウェーブ
メティエダール グレ ートウェーブ

ホワイトゴールドに、手作業で エングレービングを施した立体的なモチーフが、 海の躍動感を見事にとらえている。

この作品の波の力強さと躍動感をとらえ、時計のダ イ ヤ ル 上 の わ ず か 数 ミ リ メ ー ト ル の ス ペ ー ス に 表 現 す る こ と は、ブ ラ ン パ ン の メ テ ィ エ ダ ー ル の ア ト リ エ に 勤 め る ク リ ス ト フ・ ベ ア ル ナ ド に と っ て 、途 方 も な い 挑 戦 だ っ た。しかもその課題は、彼が自らに課した挑戦だっ た の だ 。ル ・ ブ ラ ッ シ ュ の ア ト リ エ で は 、2 つ の 揺 る ぎ な い 哲 学 的な指 針によってプロジェクトが 構 想される。 そ の ひ と つ は 、ビ ジ ネ ス の 正 統 性 と 相 対 し 、芸 術 的 な テ ー マ と プ ロ ジ ェ クト は ベ ア ル ナド と 彼 の 率 い る チ ー ム が 考 案 し 、経 営 陣 の 指 令 で は な い と い う こ と だ 。も ちろん、最終的にはブランパンのCEO、マーク・A. ハ イ エ ッ ク が 承 認 を 下 す の だ が 、そ の 際 に も 、自 由 な 発 想 や ル ・ ブ ラ ッ シ ュ に 根 付 く 溢 れ る 創 造 性 が 損 な わ れ る こ と は な い 。2 つ 目 の 指 針 と は 、他 社 時 計 メ ー カ ー の 芸術的技術を気にかけないこと、時計博物館に収蔵 さ れ て い る 過 去 の 作 品 の モ チ ー フ を 再 び 作 ら な い こ と だ 。2 0 0 年 も 前 の 時 計 か ら 得 ら れ る ク リ エ イ テ ィ ブ な タ イ ム ピ ー ス の ダ イ ヤ ル な ど 、ど こ に も 存 在 し な い か ら だ 。

こうしてベアルナドは、経営陣の指示や過去の時計 の 歴 史 に と ら わ れ る こ と な く 、自 身 の イ マ ジ ネ ー シ ョ ン を 存 分 に 発 揮 し た の だ 。彼 は こ こ 数 年 、中 国 と イ ン ド に関するテーマを研究していたのだが、新しい方向 性を見出そうとしている最中にあった。そして頭に浮 か ん だ の が 、日 本 文 化 と 、ブ ラ ン パ ン が 貢 献 す る 海 洋 環 境 保 護 活 動「オーシャン コミットメント」を融 合させ る こ と だ っ た 。海 を 描 い た 北 斎 の 代 表 的 な 作 品 は 、そ うし た 考 え に 最 適 だ っ た の は 言 うま で も な い 。

しかし、時計のダイヤルに海の躍動感を表現するに は ど う す れ ば よ い の か 。ベ ア ル ナ ド は 、力 強 さ と 動 き を と ら え、同 時 に 、そ の イ メ ー ジ を 用 い て 丸 型 の ダ イ ヤ ル を 構 成 し よ う と 考 え た 。イ メ ー ジ は エ ナ メ ル ペ イ ン テ ィ ングで表現すべきか。それともエングレービングを採 用 す る か 。彼 は 、イ メ ー ジ を よ り 力 強 く 表 現 す る た め 、 ホ ワ イ ト ゴ ー ル ド を 用 い て 、波 を 描 く 立 体 的 な エ ン グ レ ー ビ ン グ を 製 作 し よ う と 試 み た 。ま た 、こ の エ ン グ レ ー ビングに、日本の赤銅の技術による古色を採用して、 よ り 立 体 感 を 高 め た 。彼 は ブ ラ ン パ ン に お い て 、受 賞 歴 を 持 つ ガ ネ ー シ ャ 神 を 描 い た ダ イ ヤ ル で 、初 め て こ の 赤 銅 技 術 を 導 入 し て い る 。ベ ア ル ナ ド は 、手 作 業 で 精 巧 に 彫 刻 し 、さ ら に 部 分 的 に 繊 細 に 磨 い た イ メ ー ジ に 様 々 な 処 理 を 施 す こ と で 、波 に 光 と 影 、そ し て 力 強 さ を も た ら す こと に 成 功 し た の だ 。

「グレートウェーブ」タイムピースは、 一つひとつがユニークピース。

この複雑な波のモチーフは、時計職人が「アプリケ」 と呼ばれる、ダイヤルの表面に何らかの要素を付与 する技法で仕上げられている。彼の時計開発におけ る2つ目の仕事は、ダイヤルのための適切な素材を見 出すことだった。ベアルナドは、背景の部分を控えめ におさえ、波のモチーフを表現したかった。鮮やかで、 なめらかな仕上げを施すと、時計の醸し出すエスプ リが台無しになってしまう。そこで彼は、幅広く素材に ついて研究し、それまで時計のダイヤルの背景として 使われたことがない石、メキシコ産黒曜石を採用す ることに決めたのだ。落ち着いたグレーの色合いに、 繊細で非常にきめ細かいグレインが一面に散りばめ られたこの石は、波のモチーフを強調し、嵐の光景を 作り出した。思いに適ったカラーとテクスチャーを手に 入れたベアルナドだが、手作業で彫刻された波のモ チーフを取り付けるという、次の難問に直面した。石 に小さな穴を開け、アプリケのモチーフの裏側にある 極小サイズの脚部をはめ込む際に、黒曜石が割れた り砕けないよう極めて繊細な技術が必要となったのだ。 彼のアトリエで制作されたこれまでの作品の場合と 同様に、バーゼルフェアに出品された「グレートウェー ブ」タイムピースはユニークピースだ。今後、また製作 される予定だが、フォルムとカラーがさまざまで、一つ ひとつが唯一無二の仕上がりになる。実際、デザイン に小さな釣り船や富士山といった他の要素を付け加 えたオーダーメードの依頼が、コレクターからすでに 届いている。「グレートウェーブ」タイムピースはそれぞ れ、限定1本のみの製作だ。

この「グレートウェーブ」タイムピースは、ブランパンの 「メティエダール」コレクションに新たな境地を開くだ ろう。これまでブランパンは、これらの特別なタイムピー スのベースに、ポケットウォッチ用ムーブメントとして 使われていたキャリバー15Bを採用していた。一方 、 「グレートウェーブ」タイムピースには、2006年に導入さ れた13R0ムーブメントの新しいバリエーションを採用 している。その後、35個のムーブメントが開発され、現 在ではほとんど全てのコレクションにこれらのムーブ メントが搭載されるようになった。13R3Aと命名された 「グレートウェーブ」タイムピースのムーブメントは、パワー リザーブ表 示が時 計の裏 側に配 置されているとい う点で、13R0とは異なる。しかし、8日間もの傑出した パワーリザーブや、3つの主ゼンマイを収めた香箱の 構造は、既存キャリバー同様だ。このように、「グレート ウェーブ」タイムピースは、ダイヤルにおける独創的な テーマや素材、技術の組み合わせによって新たな道を 切り開くだけではなく、高度な技術を駆使したムーブ メントによって、メティエダールの作品の中でも際立っ た存在となっているのである。

メティエダール グレ ートウェーブ

Chapter 02

レディバード

ヴィルレの工房からモンローへ

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