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Chapter 1

素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC

かつて米海軍の公式ダイバーズウォッチとなり、今や象徴的存在となった フィフティ ファゾムス MIL-SPEC。トリビュートモデルは、その歴史への敬意 を込めた逸品です

このチャプターの著者

ジェフリー・S・キングストン

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ジェフリー・S・キングストン
素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC
素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC
Issue 18 Chapter 1
特徴的な水密性表示を備えたMIL-SPEC 1。

特徴的な水密性表示を備えたMIL-SPEC 1。

現代のダイバーズウォッチの原型を築いた ブランパン。その仕様は、時計業界で 今でも広く採用されています。

後知恵とは不思議なものです。後知恵を使えば、誰で も無限の創造性を手に入れることができます。飽くな き努力を重ね、時に屈辱的な失敗を経て、ようやく実 現したイノベーションも、後知恵で考えると「簡単に思 いつく当然の結果」のように見えてしまうことがありま す。半世紀以上にわたるブランパン フィフティ ファゾ ムスの歴史を振り返り、その機能を生み出した偉大な ひらめきや気づきの数々を知った時にも、私たちはい とも簡単に、この後知恵がもたらす思考の罠に陥って しまうのです。「ダイバーズウォッチなのだから、当たり 前。だって本来、そういうものでしょう?」と。

確かに、どのダイバーズウォッチにも共通する要素とい うのがいくつかあって、それらは今や、このカテゴリーを 規定する特徴として広く一般に知られています。とはい え、後知恵を使えば当たり前に思えるそれらの要素は、 最初から存在していたわけではなく、ひとりの先駆者が 現代のダイバーズウォッチの礎を築き、他のメーカーが それに追随したからこそ存在しているのです。その新た な道を切り開いた先駆者、それがブランパンでした。

時計宝石見本市「バーゼルワールド 2017」において フィフティ ファゾムス MIL-SPECへのオマージュとなる 最新モデルが発表されました。当初から搭載されてい る主要機能はもちろん、後から追加された水密性表示 をも踏襲したこのモデルの発表は、フィフティ ファゾムス の進化の系譜をたどるきっかけにもなりました。今回 は、初代モデルの誕生から、米海軍の公式ダイバーズ ウォッチとなり、ダイビング史にとって重要なタイムピー スとして不動の地位を築いた2つのMIL-SPECモデル の製作までの歴史を振り返りたいと思います。

第二次世界大戦の直後、スキューバダイビングはまだ 黎明期にありました。発展途上にある新たな分野では よくあることですが、設備や道具が情熱に追いついて いない時期であり、アマチュアも専門家(当時は軍隊) も、水中の世界を理解しようと奮闘し、そこに求められ る課題に取り組んでいました。そんな中、様々な経緯を 経て、アマチュアとプロ、それぞれの取り組みを融合さ せる架け橋のような存在となったのが、フィフティ ファ ゾムスでした。ここで言うアマチュアとは、当時のブラン パンのCEO、ジャン-ジャック・フィスター。一方の専門 家とは、フランス海軍潜水戦闘部隊を組織したロベー ル(通称「ボブ」)・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉 です。フィスターは、フランス南部にあるダイビングクラ ブに属していましたが、彼のようなアマチュアの世界で は、ダイバーズウォッチの必要性がまだ知られていま せんでした。ところが、ある潜水をきっかけに、その認識は 一変します。潜水時間を計測する腕時計をしていな かったフィスターは、タンクの空気を使い切ってしまった のです。海面に急浮上すると身体に危険が及ぶ可能性 を認識していた彼は、パニックを起こしそうになるのを

ジャン-ジャック・フィスターが初代フィフティ ファゾムスを開発した当時、手本となる先例は 存在しませんでした。

必死に抑え、呼吸の限界にありながらも、慎重に浮上 しました。窮地を脱し事なきを得た彼は、真の恐怖を 味わったことで、深い洞察とひらめきを得て、ダイビング に情熱を燃やす仲間たちのために、計時装置を製作す ることに思い至ります。ブランパンの工房に戻ったフィ スターは、彼自身とダイバー仲間が安全かつ簡単に潜 水時間を計測できるようにする信頼性の高い腕時計 の設計に没頭しました。ただし、彼には手本もなけれ ば、先例もありません。通常、新しい時計は、何世紀に もわたる時計製造の伝統を基盤に開発します。しかし フィスターは、過去の時計製造に指針となるものを見 い出せず、白紙から設計することを自らに課したのです。 ダイバーズウォッチにはどのような特性が必要なので しょうか。まず必要となるのは、水密性です。では、水のあ る環境での腕時計の設定は? 潜水時間を計る際、開 始時間が分かるようにするには、どうすればいいので しょう。ダイビングを行う環境には磁気が発生するため、 腕時計を磁気から保護する方法も考えなければなりま せん。水中でも時計が読めるようにするには、何が必要 なのか。視認性を高めるには、どうすればいいのか。手 巻きがいいのか、それとも自動巻きがいいのか。それら の答えを見つけることも重要でしたが、それ以前に、的 確な質問を見つけることから始めなければなりません でした。

一方、フランス軍の部隊も試行錯誤を強いられていま したが、ある面では、フィスターの先を行っていました。 海軍のダイバーに計時装置が必要であることに、フィス ターよりも先に気づいていたのです。彼らの場合、潜水 中に空気を使い切ってしまったことで、ひらめいたわけ ではありません。とはいえ、その気づきから、水中で使え る腕時計を生み出したわけでもありませんでした。彼ら が最初に依頼したのはLIPというフランスの時計メー カーでした。LIPは喜々としてその依頼を請け負い、既 存のダイバーズウォッチを用意しました。ところが届い たサンプルは小さくて水中では読みづらく、何より最悪 なことに、防水性に欠けていました。試験について述べ たマルビエ大尉の言葉を借りれば、それらの腕時計は すべて「溺死」したのです。フランス軍は他の時計メー カーにも依頼しましたが、対応できるメーカーはありま せんでした。 そこでフランス軍が白羽の矢を立てたの が、ブランパンのフィスターでした。

こうして、軍の潜水部隊とアマチュアのダイバーの世界 をつなぐ架け橋が築かれることとなりました。フランス 軍が考える海中での任務に必要な要素と、フィスター が自らのダイビング経験から考案した仕様は、完全に 合致していました。フィフティ ファゾムスのサンプルを査 定したフランス海軍は、ブランパンの設計にダイバーが 必要とする様々な機能が組み込まれていることを確認 します。サンプルは試験でも正しく作動し、フィフティ ファ ゾムスは見事、フランス海軍の公式ダイバーズウォッチ となりました。

南フランスでダイビング を楽しむ、当時のブランパンCEO、 ジャン-ジャック・フィスター。

南フランスでダイビング を楽しむ、当時のブランパンCEO、 ジャン-ジャック・フィスター。

米海軍にまつわる逸話は、フィフティ ファゾムスの 伝説にひとつのチャプターを加えることができる ほど物語に富んでいます。

ところで、ブランパンのフィフティ ファゾムスによって初 めて登場した機能とは、どのようなものだったのでしょ うか。まず挙げられるのが、優れた防水性です。これは、 二重密閉構造のリューズと特殊密閉設計のケース バックという、フィスターが特許を取得した2つのソリュー ションによって実現しています。このリューズは特に秀 逸で、2つのパッキンが採用されているため、たとえリュー ズが引き出されてしまっても水が入らない設計となっ ています。水密性をさらに高めるため、フィスターは自 動巻システムを採用。これにより、毎日手巻きするうち に生じうるリューズの密閉構造の摩耗を最小限に抑え ることができます。視認性も大きな検討事項でした。水 中で、しかもマスクをしているため、視界が非常に悪く なるからです。そこでフィスターはフィフティ ファゾムス のサイズを大きくし、ブラックの文字盤に映えるよう、 インデックス、ベゼルの表示、針をそれぞれホワイトにし ました。また、暗闇での視認性を考慮し、インデックスと 針には蛍光塗料を採用しました。もうひとつ、創意に富ん だ機能となるのが、回転ベゼルです。潜水を開始す る際に、ベゼルのゼロの位置を分針に合わせることで、 ベゼル上の目盛りから経過時間を読み取ることがで きます。ベゼルが誤って回転してしまうことを防ぐロッ ク機構も考案しました。さらに、メンバー全員の時計の 時刻を合わせることが必須となる集団での潜水時に 役立つ機能として、リューズを引き出すと時計が停止す るハック機構も搭載。これにより、皆が一斉に時刻を合 わせることが可能になりました。 ダイビングを行う環境 では、強い磁気が発生することが多いことを知ってい たフィスターは、磁気の影響から守るシールドとしての 機能を果たす軟鉄製インナーケースにムーブメントを 収めました。こうして、水中という条件やダイバーたちの 様々なニーズに配慮した多彩な機能や設計を持つ、画 期的なダイバーズウォッチが完成したのです。

フランス軍の要望を叶えたこのダイバーズウォッチは、 アマチュア、つまり民間ダイバーたちにとっても理想的 なものでした。フィフティ ファゾムスは瞬く間に、呼吸の ための装置やタンク、マスク、フィンなどと同様、ダイビン グに欠かせない器材のひとつとなりました。ダイビング に必須の装備ということで、フィフティ ファゾムスは通 常、ダイビングショップで販売されていました。その好 例がアクアラングです。スキューバのタンクや呼吸装置 のメーカーであるとともに、ダイビング器材の販売やレン タルを行う小売店を展開していたアクアラングでは、 自社製品とともにフィフティ ファゾムスを扱っていまし た。アクアラングのショップに置かれていたフィフティ ファゾムスは、文字盤に「Aqua Lung」の文字が刻まれた 特注品となっており、このダイバーズウォッチとアクア ラングのダイビング器材との密接な繋がりを物語って います。

ダイバーたちのためにフィフティ ファゾムスを採用した のは、フランス海軍だけではありませんでした。米国、ド イツ、スペイン、イスラエル、パキスタンをはじめとする各 国の海軍もまた、このダイバーズウォッチを採用しまし た。中でも米海軍との関係は、フィフティ ファゾムスの 歴史にひとつのチャプターを加えることができるほど物 語に富んでいます。のちに「MIL-SPEC」と呼ばれるよう になる、米海軍仕様のフィフティ ファゾムス。今日、MILSPECモデルは、ヴィンテージ市場に出回っているフィフ ティ ファゾムスの中でも特に人気の高い入手困難なモ デルとされており、オークション価格も急騰しています。 また、2017年のバーゼル見本市で華々しいデビューを 飾ったブランパンの最新限定モデル「トリビュート トゥ フィフティ ファゾムス MIL-SPEC」も、MIL-SPECという 素晴らしい遺産があったからこそ生まれたものです。最 新限定モデルを詳しくご紹介する前に、まずはその背 景にある歴史を紐解いていくことしましょう。

素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC

フィフティ ファゾムスの物語の一部を成すこのチャプ ターの中心人物となるのが、米国でブランパンの流通を 手がけたアレン・V・トルネクです。ニューヨークで、ジャンジャック・フィスターの兄弟であるルネと出会ったト ルネクは、当時米国に輸入される腕時計にかけられて いた厳しい関税を免れるため、ルネとともにビジネス ベンチャーを立ち上げます。トルネクは、ルネを通じて ジャン-ジャックに会い、ブランパンとの取引を開始。以降、 2社の関係は何十年も続くことになります。

フィフティ ファゾムスの進化の中でも変わらないものが あるとすれば、それは「ダイビングへの情熱」がそれぞ れの節目でいつも重要な役割を果たしてきた、というこ とでしょう。ジャン-ジャック・フィスターが初めてダイ バーズウォッチを製作した時、その土台となったのは彼の ダイバーとしての経験でした。現CEOであるマーク A. ハイエックが完成させたトリビュートモデル製作の原 動力となったのも、彼のダイビングへの情熱でした。ト ルネクについては、彼の息子ラリーが熱心なダイバー でした。フィスターと出会ったばかりの頃、初めてフィフ ティ ファゾムスを目にしたトルネクがこのダイバーズウ ォッチに関心を持ったのは、当時、息子がダイビングに 夢中になっていたからでした。彼が1本のフィフティ ファ ゾムスを米国に持ち帰ると、もちろんラリーは大喜びし ました。よほど嬉しかったのでしょう。半世紀経った今 も、彼はその腕時計を大切にしています。この1本の腕 時計を購入したことで、息子にプレゼントを贈る喜びを 得られただけでなく、トルネクの中に、あるアイデアの種 が宿りました。フィフティ ファゾムスを米国で流通させ る方法を模索してみてはどうだろう。フランス海軍の事 例にならって、大きな取引先となりうる米海軍に採用を 働きかけてみてはどうだろう、と。

政府の調達機関との取引は非常に複雑で、気が遠くな るような仕事です。そこに軍が絡むとなると、その道のり はいっそう厳しいものになります。道案内が必要である ことを悟ったトルネクは、ワシントンD.C.在住で、すでに 退役していたある大佐に助けを求めることにしました。 時は1955年。米海軍は「サブマージブル リストウォッ チ」と呼ばれる潜水用腕時計の開発に取り組んでお り、ある米国の腕時計メーカーの採用を決定しかけて いました。フィスターとトルネクは、ただでさえ契約を取 るのが難しい政府を相手にしなければならなかったう え、米国企業を優遇する米海軍の考えを覆さなければ ならなかったのです。実際、米海軍は、その企業への発 注を前提に、同社の協力を得ながら仕様の開発を進 めていました。そんな厳しい状況をさらに悪化させたの が、バイ アメリカン法でした。この法律により、たとえ ば、米国製の宝飾品を「購入」するよう求める条項や、 購買意欲を失わせる「関税25%」など、海外製腕時計 の販売に様々な規制がかけられ、(「購入」という言葉 は、後ほど出てきますので、覚えておいてください。)ブラン パンは不利な立場に追い込まれました。

それでもなおトルネクは、この難題に果敢に立ち向かい ました。スイスに飛んだトルネクは、フィスターと話し合 い、鉄壁のような規制、さらには、米国企業との契約を 優先するよう促す仕組みに遮られながらも、前に進む ことを彼らは決意します。

1955年版の仕様案は、決して目新しいものではなく、要 求規格の大半は、すでに他国の海軍で採用されてい たフィフティ ファゾムスのものと重複していました。その 内容は、2年以上前にブランパンが発明したダイバーズ ウォッチとほぼ同じでしたが、1点、異なる部分がありま した。水密性表示です。のちにブランパンはこの機能を 追加しています。

水密性
3.6.1 要求規格:ケース、全般。
ケースとクリスタルの接合部は密閉し、175psi(ゲージ 圧)の静水圧下においても防水性を維持できるよう十 分な強度で固定する...
>3.9 要求規格:水密性表示。
水密性表示は、文字盤の視認可能な位置にしっかりと 固定する。表示を装備することで、針の回転が阻害さ れないようにする。

暗闇での視認性
3.7.1 要求規格:文字盤および針、全般。
本腕時計の視認性は、最重要事項である。完全な暗 闇においても判読できるようにすること。すべての表示 が鮮明かつ明確であり、周辺および隣接するその他の 表示と容易に区別できるよう配慮すること。
3.7.4 要求規格:文字盤および針。
3本の針はそれぞれ判別しやすいものとし、自然光の中 でも、完全な暗闇においても、文字盤と明確に区別で きるようにする。

MIL-SPECの針とケースの仕様。

MIL-SPECの針とケースの仕様。

素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC

他の器材とともにダイバーズウォッチを支給された 場合、前の使用者によって腕時計が誤用されていても、 次のダイバーには分かりません。文字盤の 水密性表示は、安全強化策となりました。

外周に装備する回転リング
3.6.6 要求規格:ケースの回転リング。
本腕時計では、通常ベゼルが配置される位置に、回転 リングを装備するものとする。(使用時、このリングを回 転させ、インデックス表示を1本の針に合わせる。)この リングは、道具を使わずに手で回転させ、位置合わせ ができる設計とし、摩擦・衝撃・振動によって誤って動 いてしまうことを防ぐ機構を備えるものとする。

米海軍は、「優先業者」である米国の時計メーカーが ダイバーズウォッチを開発するまでの間、暫定的に使 用する製品を必要としていました。 1957年12月の報告 書には当時の経緯がまとめられており、軍がブランパン ともう1社のスイスの時計ブランドのダイバーズウォッチ を使うことを認めた旨が記録されています。

この時、一歩リードしていたのは、ブランパンでした。フィ フティ ファゾムスにより、すでに2年以上の実績があっ たからです。この実績をもとに、フィスターが1953年 製作の初代モデルに新たに加えた機能が、水密性表 示でした。水密性表示を装備するというアイデアは、フィ スターにとって実に納得のいくものでした。フィフティ ファゾムスを使用する環境下、特に軍の任務中となれ ば、私物の腕時計を使う時とは扱い方が異なるという ことを彼は認識していました。この軍用ウォッチは、私 物の腕時計のように大切に扱ってもらえるものではな く、任務開始時に他のダイビング器材と一緒に隊員に 支給され、潜水終了時、器材管理者に返却されるもの です。そのためダイバーは、任務のたびに違うダイバー ズウォッチを使う可能性が高く、さらに重要なことに、 潜水の前に他の器材と一緒に受け取った時点では、そ のダイバーズウォッチが以前の任務でどう扱われたか を知る術がありません。つまり、前の使用者が誤った使 い方をしていても、気づかないわけです。フィスターはそ のことにリスクを感じました。以前の潜水時に、リューズ がネットに引っかかったり、ダイバーが雑に扱ったとす れば、時計の中に水が入っている可能性もあります。報 告されない限り、時計がどういう状態にあるのか、次の 使用者には分からないのです。そこでフィスターが考案 した解決策は、実に洗練されていました。文字盤の6時 の位置に、浸水すると色が変わる小さなディスクを配し たのです。このディスクを搭載したモデルは、フランス海 軍だけでなく、ジャック・イブ・クストーと彼のチームに も採用され、アカデミー賞受賞作品『沈黙の世界』の 撮影にも使用されています。

ブランパンの試験を行った米海軍は 「事実上、 完璧なものであった」との評価を下しました。

米海軍の1955年版仕様案を研究したフィスターは、水 密性表示の設計に改善を加えます。色が変化するシン プルなディスクに代えて彼が新たに開発したのは、半 分がペールブルー、残りの半分がレッドという2色使い のディスクで、内部に水が入った場合、ディスクのブルー がレッドに変化するというものでした。これにより、任務 開始時にダイバーズウォッチを支給された際、ディス クの半分がブルーであれば、水が入っていないことを 確認できるため、ダイバーは安心して装着することがで きます。

このバイカラーの水密性表示を搭載したフィフティ ファ ゾムスのモデルは、海軍の仕様案に準じて開発され たことから、「MIL-SPEC」と名付けられました。

1958年、ブランパンのMIL-SPECモデル数本が、米海 軍による試験を受けました。ブランパンの他、スイスの メーカー2社のダイバーズウォッチも試験の対象となり ました。海軍が優遇していた米メーカーのダイバーズ ウォッチはまだ開発中だったため、この試験には参加し ませんでした。この試験により、ブランパンのMIL-SPEC の暫定使用の許可が下りました。実のところ、対象と なったダイバーズウォッチのうち、当時まだ草案段階に あった1955年版仕様書に記載されているすべての要 件を満たしていたのはMIL-SPECだけだったのです。 興味深いことに、1957年にブランパンとともに暫定使用 の許可を得ていたもう1社のスイスのメーカーはこの 試験に合格できず、米海軍のリストから抹消されてしま いました。

ところが1959年に、また別の試験が実施されることとな ります。この試験は明らかに、優遇されていた米メーカー がついに海軍用ダイバーズウォッチのプロトタイプを 完成させたのを機に行われたものでした。米海軍は、 製造国のバイアスを隠すどころか、この新たな試験の 「主たる目的」の欄に「スイス製腕時計との比較による 米国製腕時計の実地評価を行うこと」と明記しています。 ブランパンについては、実地試験の必要なしと判断さ れていました。以前の試験をパスし、すでに現場での実 績を積んでいたからです。海軍の記録にはこう書かれ ています。「本腕時計[ブランパン]については、[1958 年報告書]以降は特殊試験を実施していないが、数多 くの潜水任務において継続的に使用されている」。

一方、米国製ダイバーズウォッチはうまく機能せず、海 軍の評価によれば、「ベゼルリングが外れやすく」、水密 性表示は、製造時の水密性を判断する目的でしか使 用できず、文字盤および針の設計は「適切とは言い難 い」ものでした。あらゆる試験をパスし、すべての基準を 満たしたダイバーズウォッチは、ブランパンのフィフティ ファゾムス MIL-SPECだけでした。海軍の報告書には 「オペレーション ハードタック」と呼ばれる軍事作戦に おいて、12本のフィフティ ファゾムス MIL-SPECが活用 された旨が記録されています。この12本のブランパン は、作戦の実行中、3、4か月にわたり継続的に使用され ました。 作戦の記述には、その時の様子が詳しく書か れています。

「期間中、これらの[腕時計]は、ダイバーたちに大いに 活用され、水上および水中での任務において、衝撃や 酷使を伴う過酷な条件下で使用された。最大潜水深 度は約56メートルであったが、水深約46メートル付近 への潜水が多数回繰り返された。本腕時計の主な用 途は、潜水深度が大きいため、計時が極めて重要とな るスキューバダイビングであった。」

素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC
素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC

すべての試験に合格したダイバーズウォッチは、 フィフティ ファゾムスだけでした。

ブランパンの性能は「極めて優秀」と評価され、「浸水 の形跡」が見られたものは、ひとつもありませんでした。 また、回転ベゼルについて特記した記述もありました。

「時計のアウターリングが必須機能であることはすぐに 明らかとなった…リングの設定のしやすさと数字の視認 性の高さに関しては、現場で使用された他の様々なモ デルと比較しても、ブランパンは明らかに秀でていた。」

これ以外にも、ブランパン独自の2つの機能が特筆され ています。

「一見するとささいな特徴ではあるが、シーリングキャッ プを取り外すことなく時計の設定ができるという点と、 ツマミを引き出すと針が止まるという点、これら2つ の特徴は、複数の時計をすばやく『同期』する必要があ る状況では、非常に役立つことが分かった。シーリング キャップがなくても、耐浸水性が損なわれることはなか ったという点も注目すべきである。」

この報告書に記載されているこれらの2つの設計要素 は、フィスターが製作したフィフティ ファゾムスの初代 モデルですでに採用されていたものです。ムーブメント には「ハック」機構が搭載されていました。つまり、 リューズが時刻設定を行う位置まで引き出されると、 ムーブメントが止まる仕組みです。これにより、報告書 にある通り、同期が容易に行えるようになります。ネジ式 キャップなしで卓越した耐浸水性を実現できるのは、 フィスターが特許を取得した二重密閉構造のリューズ によるものです。

称賛の言葉は、報告書の結びの部分にも見られます。

「要約すると、ハードタック作戦においてブランパンの 12本の水中時計を活用したが、その性能は事実上、完 璧なものであった。この腕時計について、改善すべき点 は見当たらない。」

さらに1959年の報告書にも、軍の基準一覧とダイバーズ ウォッチのパフォーマンスが記録されていますが、 すべての評価項目について「優秀」と評価されたのは、 ブランパンだけでした。

海軍からは、2つバージョンの仕様書が発行されまし た。1959年9月に発行されたものと、1961年3月に発行 された改訂版です。これらの2つのバージョンの最大の 違いは、改訂版には非磁性材料に関する基準が追加 されているという点です。1961年の改訂版にこの要素 が加えられたのは、磁気に反応する機雷がダイバーズ ウォッチによって起爆することを防ぐためでした。フィフ ティ ファゾムスはこれら2つの仕様書に適合していまし た。1959年版の仕様書に準じて作られたのが、初代 フィフティ ファゾムス MIL-SPECで、これは時に「MILSPEC 1」と呼ばれます。そして、非磁性材料の使用を規 定した改訂版に準じて作られたのが、フィフティ ファゾ ムス MIL-SPEC 2です1

すでに様々な試験が行われていましたが、これらの仕 様書への適合性を確認するため、改めて軍の施設で の認定試験が実施されました。海軍が試験場に選ん だのは、ジェームズ・マディソン大統領の時代に小規模 兵器・軍需施設として1816年にフィラデルフィアに創設 されたフランクフォード兵器廠でした2。トルネクの息子 ラリーは、認定試験に立ち会った時のことを鮮明に記 憶しています。当時、フィラデルフィアの名門校である ウォートンビジネススクールの院生だったラリーは、父親 から任を受け、ブランパンの代表としてこの試験に参加 することになったのです。試験は非常に過酷なもので、 中でも特に印象に残っているのが、クリスタルの強度 試験として考案された第4.4.9.1項でした。ダイバーズ ウォッチのクリスタルの上に長さ約1メートルの鋼管を セットし、その上から約16ミリの鋼球を落としてクリス タルに衝撃を加えるというものでした。

¹ 今日、MIL-SPEC 2は極めて希少な モデルとなっています。 磁力を大幅 に低減させた特殊金属を使用したこの モデルでは、「光の反射」を防ぐ ため、表面にツヤ消し加工を施して あり、ムーブメントにはベリリウム を使用しています。 このモデルは、 プライベートで使用するためでは なく、海軍の潜水部隊の装備として 支給されたものであったため、個人の 手に渡ったものは、ほとんどありま せんでした。

² フランクフォード兵器廠は1977年に 政府施設としての役割を終え、現在は、 ビジネスパークとして使用されて います。

米海軍が試験場と して使用した1950年代の フランクフォード兵器廠。

米海軍が試験場と して使用した1950年代の フランクフォード兵器廠。

ブランパンはMIL-SPECとMIL-SPEC 2の両モデルに ついて、米海軍との契約を取り付けました。とはいえ、 バイ アメリカン法の各条項やこれに伴う規制遵守の 問題がすべてクリアになったわけではありませんでし た。中でも滑稽だったのが、宝飾品に関する条項です。 これは米国製宝飾品の「購入」を義務付ける条項でし た。幸いだったのは、規制対象は「購入」であって「使 用」ではなかったという点です。当時市場に出回ってい た米国製の宝飾品の質はあまりに低く、(法律を遵守 するためだけに)トルネクは宝飾品を購入し、すぐに処 分していたほどでした。

フィフティ ファゾムスの海軍での採用に向けて、ブラン パンとトルネクが注いだエネルギーと努力(そして廃棄 された宝飾品)を考えると、その見返りは十分とは言い 難いものでした。最大の理由は、海軍の発注方法にあ りました。一度に大量発注するのではなく、少量を定期 的に発注するという方法が取られていたのです。当然 ながら、それでは生産しづらく、コストもかかります。しか も、発注数が苛立たしいほど少なかっただけでなく、時 に、その数がとても中途半端だったのです。たとえば、あ る時の発注数は631本でした。なぜそんなに切りの悪 い数字なのでしょうか。それは、海軍が必要としていた ダイバーズウォッチ600本に、予備として全体の5%+ 1本を加えた数でした。

フィフティ ファゾムスにオマージュを捧げた限定版 シリーズの3作目となるMIL-SPECトリビュートモデルは、 この豊かな歴史にインスピレーションを得ています。 オリジナルモデルと同様、文字盤の6時の位置に配され たバイカラーの水密性表示を見れば、MIL-SPECの伝統 を引き継ぐモデルであるということがすぐに分かります。

当時と同じく、内部への浸水を色の変化で知らせる仕 組みを備えており、ディスクの上半分はホワイト。この部 分が水に濡れるとレッドに変わり、浸水を知らせます。 トリビュートモデルの文字盤も海軍モデルの意匠を受 け継ぎ、3時、6時、9時の位置にはバーインデックスが、 それ以外の時刻にはドットが配され、12時の位置には 大きなマーカーが配されています。海軍仕様の文字盤 には、ブランパンのロゴの下に「U.S.」の文字を入れるこ とが義務付けられていましたが、当然ながら、今回のモ デルでは削除されています。

オマージュを捧げたモデルだからと言って、ブランパン の最近のイノベーションが採用されなかったわけでは ありません。それどころか、MIL-SPECトリビュートモデ ルには、最新技術が活かされています。自動巻ムーブ メントには、96時間のパワーリザーブを可能にする 主ゼンマイを収めた2つの香箱を搭載。テン輪はゴールド 製のチラネジが付いたフリースプラング式で、シリコン 製のヒゲゼンマイを備えています。このシリコン製ヒゲ ゼンマイは、ヴィンテージモデルの軟鉄製インナーケース と同様の耐磁性を実現しています。軟鉄製インナーケー スが不要となった現代のトリビュートモデルでは、 透明なサファイアケースバックが採用されているため、 NAC(プラチナ合金)コーティングされブランパンのロ ゴが刻印されたゴールド製ローターをはじめとする精 緻なムーブメントを鑑賞することができます。

もうひとつ、MIL-SPECトリビュートモデルに組み込ま れた最新機能のうち重要なのが、丸みを帯びたサファ イアガラスで覆われたベゼルです。このベゼルは、フィフ ティ ファゾムス誕生50周年を記念して2003年に登場し たもので、サファイアガラスならではの輝きと魅力を湛

素晴らしき遺産にオマージュを込めて フィフティ ファゾムス MIL-SPEC
米海軍による文字盤の 仕様。必須項目だった水密性表示 などが示されている。

米海軍による文字盤の 仕様。必須項目だった水密性表示 などが示されている。

えています。またサファイアは、ダイヤモンドに次ぐ高い 強度を持つため、耐傷性に優れているという利点もあ ります。

ジャン-ジャック・フィスターがブランパンのCEOを務 めていた30年の間、フィフティ ファゾムスは、様々なサイ ズで製作されてきました。その伝統を受け継ぎ、MILSPECトリビュートモデルの直径は40.30mmとなってい ます。フィフティ ファゾムス コレクションには現在、直径 38mmから58.65mmまで多様なサイズが用意されてい るため、愛好家の方々に様々なサイズからお選び頂け ます。

最後に大切な情報をひとつ。トリビュート トゥ フィフ ティ ファゾムス MIL-SPECは、500本の限定製造です。

フィフティ ファゾムス MIL-SPECへのオマージュ となる限定新作モデル。

フィフティ ファゾムス MIL-SPECへのオマージュ となる限定新作モデル。

Chapter 02

メティエダール エナメル ペインティング

ブランパンのアーティストたちが 織りなす新たな創造性と伝統の饗宴

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